東京地方裁判所 昭和63年(行ウ)15号 判決 1990年10月08日
原告 松下武生
被告 東京税関大井出張所長
主文
一 原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求の趣旨
被告東京税関大井出張所長が原告に対して昭和五九年六月八日付け及び同年六月三〇日付けで行った関税法七条の四第一項の規定に基づく各更正処分並びに被告名古屋税関稲永出張所長が原告に対して同日付けで行った同規定に基づく更正処分をいずれも取り消す。
第二事案の概要
一 当事者間に争いのない事実
1 本件各更正処分等の経緯
(一) トーエー産業株式会社(以下「トーエー産業」という。)名義で東京税関大井出張所長に対し、昭和五九年一月九日から同年三月一〇日までの間の前後八回にわたる台湾からの冷凍豚部分肉の輸入について、別表一及び同二の「輸入申告」欄記載のとおり、輸入(納税)申告書が提出され、うち五件については別表一記載のとおり関税法六七条に基づく輸入の許可がされ、他の三件については別表二記載のとおり関税法七三条一項に基づく輸入の許可前における貨物の引取りの承認がされた。
また、同じくトーエー産業名義で名古屋税関稲永出張所長に対し、昭和五九年三月一五日、台湾からの冷凍豚部分肉の輸入について、別表三の「輸入申告」欄記載のとおり、輸入(納税)申告書が提出され、同表記載のとおり関税法六七条に基づく輸入の許可がされた。
(二) 被告ら(いずれも関税法一〇七条、同法施行令九二条一項二号イにより権限の委任を受けている。)は、本件輸入について、原告及びトーエー産業の両者を関税法六条に規定する納税義務者(貨物を輸入する者)と認定し、関税法七条の四第一項の規定に基づき、右両者に対して、別表一から同三までの「更正処分」欄記載のとおり各更正処分を行った。
2 本件輸入に係る関税額の計算根拠
(一) 本件豚肉は、昭和六〇年法律第一〇号による改正前(以下同じ)の関税暫定措置法別表第一の二に規定する第〇二・〇一号二の豚の肉及びくず肉のうち枝肉以外の「その他のもの」であり、台湾産であるから、関税定率法五条、昭和六〇年政令第六六号による改正前の関税定率法五条の規定による便益関税の適用に関する政令一条、二条三号、三条、関税暫定措置法二条二項、三項により、税率は右関税暫定措置法別表第一の二の該当欄に規定する「六・九パーセント(その率が一キログラムにつきはく皮した枝肉に係る基準輸入価格を〇・七五で除して得た額から課税価格を差し引いて得た額の従量税率より低いときは、当該従量税率)」によることになる。
(二) 右にいう「はく皮した枝肉に係る基準輸入価格」は、昭和五八年度(会計年度)については、豚肉の基準輸入価格を定める告示(昭和五八年大蔵省告示第四五号)一号により、六九〇円と定められていたので、これを〇・七五で除して得た額は九二〇円となる。また、本件豚肉の正当課税単価及び正当課税価格(本件輸入の実際の取引価格、関税定率法四条一項)は、別表各表の<6>及び<7>(別表三については<7>及び<8>欄)記載のとおりであるから、本件豚肉に係る従量税率は、九二〇円から正当課税単価を差し引いて、別表各表の<8>欄(別表三については<9>欄)記載のとおり算出される。
(三) 本件豚肉について、従価税率と従量税率の適用税率の分岐点となるのは、一キログラム当たり八六〇円六二銭であり、この価格は、課税価格に六・九パーセントの関税を課した額と前記基準輸入価格に相当する金額九二〇円とが等しくなる点として求められる価格であり、九二〇円を一・〇六九で除すことにより得られる。したがって、本件豚肉については、輸入取引価格が右価格より高ければ従価税率が適用され、低ければ従量税率が適用され、従量税率が適用される場合には、輸入取引価格が低いほど関税額は高くなることになる。すなわち、いわゆる差額関税制度が導入されているわけである。
(四) 本件輸入の場合、従価税率六・九パーセントを正当課税価格に乗じて算出される関税額は、従量税率により算出される関税額より低いので、本件輸入に係る関税額は、従量税率により、別表各表の<9>欄(別表三については<10>欄)記載のとおり算出される(関税法一三条の四、国税通則法一一九条一項により一〇〇円未満の端数切捨て)。したがって、納付すべき関税額は、別表各表の<10>欄(別表三については<11>欄)記載のとおりとなる。
本件輸入は、右の差額関税制度を悪用し、輸入申告価格を実際の輸入取引価格より高価に偽り、差額関税制度による正当関税額より過少な関税額を申告していたものである。
二 争点
本件の争点は、専ら、本件輸入について原告が関税法六条により関税の納税義務者と定められている「貨物を輸入する者」に該当するか否かの点にあり、この点について、当事者双方は、要旨次のような主張をしている。
1 被告の主張
(一) 関税法六条にいう「貨物を輸入する者」とは、単なる輸入申告上の名義人をいうものではなく、実質的に当該輸入の効果が帰属する実質上の買主をいうものと理解すべきである。また、輸入取引の実態から見て、右の実質上の買主に当たる者が複数ある場合は、それら複数の者が関税の納税義務者となるものと解すべきである。
(二) 本件輸入にあっては、信用状の開設及び輸入申告等の名義人であるトーエー産業に加えて、輸入申告の名義人とはなっていないが、自ら輸出者側と交渉して輸入契約の内容を実質的に決定し、この輸入取引によって直接利益を得ている原告も、右の「貨物を輸入する者」に該当するものというべきである。
2 原告の主張
(一) 関税の納税義務者は、法律上の貨物の輸入者のみをいうものと解すべきであり、輸入により利益を得ているとか輸入行為に関与しているとかの理由で、その他の者が「貨物を輸入する者」に該当することはないものというべきである。
(二) 本件輸入においては、貨物を輸入したのはトーエー産業であり、原告は、同社の社員あるいはその実質的な経営者として、同社のための輸入取引事務を行ったに過ぎない。したがって、原告は、形式的にも実質的にも、本件貨物の輸入者には該当しない。
第三争点に対する判断
一 関税法六条にいう「貨物を輸入する者」の意義
1 昭和四一年三月の改正前の関税法のもとでは、関税は「輸入申告をした者」から徴収することとされていたが、右改正後の関税法では、関税について従前の賦課課税の方式に代えて原則として申告納税方式を採用するとともに、納税義務者に関する規定も、当該貨物の輸入についての実質的責任の帰属者である「貨物を輸入する者」を納税義務者とすることに改められた(乙七)。
また、「輸入」とは「外国から本邦に到着した貨物又は輸出の許可を受けた貨物を本邦に引き取ること」をいうものと定義されている(関税法二条一項一号)。
2 ところで、一般に、仕入書又は船荷証券等に荷受人として記載された者であっても貨物の処分権限を有していないことも少なくないが、そのような場合には、これらの名義上の貨物の引取人ではなく、実質的に貨物を引き取って処分する権限を有している者に納税義務を課するのでなければ、財政収入の確保及び国内産業保護という関税制度の目的が達成されず、前記法改正の趣旨に沿わない結果ともなることは明らかである。
したがって、関税の納税義務者となる「貨物を輸入する者」とは、実質的にみて本邦に引き取る貨物の処分権限を有している者、すなわち実質的に輸入の効果が帰属する者をいうものと解するのが相当である。
3 右の実質的に貨物の輸入の効果が帰属する者に当るか否かは、具体的には、輸出者との交渉、信用状の開設、代金の決済等の輸入手続への関与の仕方、輸入貨物の国内における処分、販売方法の実態、当該輸入取引による利益の帰属関係等の事情を総合して判断すべきものであり、これらの事情から判断して実質的な貨物の輸入者が複数あると認められるときは、それらの者が共同して関税の納税義務を負担することとなるものと解すべきである。
二 本件輸入について原告が「貨物を輸入する者」に該当するか
1 原告とトーエー産業の関係、原告が本件輸入を行うようになるまでの経緯は、次のようなものであったことが認められる。
(一) 原告は、昭和五一年五月三一日、自らが中心となって海成産業株式会社(以下「海成産業」という。)を設立し、昭和五二年六月二九日、自らその代表取締役に就任し、昭和五五年夏ころ以降、台湾から豚肉を輸入するようになったが、昭和五六年一〇月、横浜税関の調査を受け、本件と同様に、豚肉の差額関税制度を悪用し、当該豚肉の輸入申告価格を実際の輸入取引価格より高価に偽って不正に申告することにより関税をほ脱していることが判明したため、原告及び海成産業は、昭和五七年九月二四日、同税関から通告処分を受け、以後原告は豚肉の輸入業務を止めるに至っていた。
その後、昭和五八年二月ころ、海成産業は再び台湾からの豚肉の輸入を開始したが、同年一〇月ころ、福岡県警が、台湾から差額関税制度を悪用し豚肉を輸入していた複数の会社を関税ほ脱容疑で摘発し、更に、これと関連して、海成産業の豚肉の国内販売先であった株式会社トーメン名古屋支社を検挙したことから、国内の豚肉業者が台湾からの輸入豚肉を輸入者から直接仕入れるのを控えたため、その国内の販売ルートが断たれることになった。
(以上の事実については、当事者間に争いがない。)
(二) トーエー産業は、昭和四七年七月一八日、原告が代表取締役となって、広告宣伝に関する業務等を目的として設立された会社であり、昭和四八年七月二〇日、営業目的として輸出入業務等の追加が行われた。同社は、昭和五四年一二月二日、商法四〇六条の三第一項の規定により解散したとみなされたが、原告は、海成産業には豚肉、魚類等の金額の大きいものを扱わせ、トーエー産業には野菜、エビ等の金額のあまり大きくないものを扱わせることを計画し、昭和五五年一二月二二日、森本幸一(以下「森本」という。)を代表取締役としてトーエー産業を継続させることとした。もっとも、トーエー産業名義での本件豚肉の輸入が開始されるまで、同社は実際の営業活動は行わず、休業状態にあった。(以上の事実についても、当事者間に争いがない。)
2 本件輸入行為の実態とこれに対する原告の関与状況は、関係証拠(乙一の一及び二、同二の一から三まで、同三、同四、同六の一から三まで、原告本人の供述)によれば、次のようなものであったことが認められる。
(一) 原告は、前記のとおり、海成産業として台湾から豚肉を輸入することができなくなっていたが、台湾の豚肉の輸出者の側では取引の中止に難色を示したこと等から、新たにトーエー産業を使って、これまでと同様に、豚肉の差額関税制度を悪用する形での豚肉の輸入を行うことを考えるに至った。そこで、原告は、昭和五八年一一月下旬ころ、当時トーエー産業の代表取締役であった森本に対し、一定の金額をマージンとして同社に支払うことを条件に、同社名義で輸入申告することを働きかけ、これを承諾させた。
また、原告は、台湾で輸出仲介業を営む商大有限公司を経営していた荘文彦(以下「荘」という。)に対し、一定の手数料を支払うことを条件に、実際の輸入取引価格(台湾における実際の輸出価格)と信用状決済金額(輸入申告価格)との差額金(以下「差額金」という。)の日本への裏送金を依頼し、また、原告の指示による輸出者との価格及び数量の契約交渉等を行うことを依頼した。更に、原告は、台湾の輸出者と相談した結果、トーエー産業名義で輸入した豚肉については、これをいったん荘名義で設立するダミー会社に転売した形をとった上で、国内取引業者の株式会社石井商会(以下「石井商会」という。)等に販売するとの方針をも決定した。
その後、原告は、森本に対しては、トーエー産業名義の信用状の開設及び決済、通関手続、前記のダミー会社としての有限会社商大(以下「商大」という。代表取締役は荘)の設立、商大名義の銀行口座の開設及び管理、商大名義の納品書の作成、国内業者への転売による名義変更の冷蔵倉庫への指示、国内取引業者への連絡等を行うよう指示している。
(二) 本件豚肉の輸入の実行に当っては、原告は、台湾の輸出者との輸入数量及び価格の交渉及び取決め、国内引取先との価格交渉並びに差額金の処理を自ら行っており、特に、価格については、豚肉の国内相場、関税額、トーエー産業のマージン、原告自らの利益、荘の手数料等を考慮して、自らが契約内容を決定していた。
また、前記の差額金の裏送金は、原告の指示により、すべて荘がパイプ役となり、商大名義の銀行口座、原台平(原告の偽名)名義の銀行口座等に振り込まれ、あるいは、原告が荘から直接現金でこれを受け取っていた。そして、原告は、右差額金の裏送金の中から、豚肉の輸入に実際に要した費用、トーエー産業及び荘の取分を控除した五〇〇〇万円を超える額を、トーエー産業の経理を通さず、原告個人の利益として取得していた。
三 右に認定した事実関係からすれば、本件の各輸入行為は、形式的にはトーエー産業の名前で行われているものの、専ら原告の発意に基づいて計画され、国外の輸入先との間での輸入数量や輸入価格の交渉、決定から国内の貨物引取先との間の価格交渉に至るまでの本件輸入に関する実質的な事柄はすべて原告が自らの判断に基づいて決定しており、また、本件輸入取引から生ずる利益についても原告個人がこれを直接取得しているものと考えられる。すなわち、本件の各輸入行為については、まさに原告が実質的に貨物の輸入の効果が帰属する「貨物を輸入する者」に当るものというべきである。
これに対し、原告は、本件貨物の輸入者はトーエー産業であり、原告は同社の社員として同社のための事務を行ったに過ぎないから、「貨物を輸入する者」には該当しないと主張する。しかしながら、原告がトーエー産業の代表者でないことは前記のとおりであるから、本件で原告の行った行為をトーエー産業の代表者としての行為と見ることができないことはいうまでもないところであり、しかも、関税の納税義務者たる「貨物を輸入する者」の意義を実質的に貨物の輸入の効果が帰属する者と解すべきことは前記のとおりであるから、本件輸入行為において原告の果した前記のような役割を前提とすると、原告の右主張は採用できないものといわざるを得ない。
(裁判官 涌井紀夫 市村陽典 小林昭彦)
別表一~三<省略>